最終更新:2025-12-29
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はじめに
密度汎関数法(DFT)の歴史において、1996年にPhysical Review Letters誌で発表された論文 “Generalized Gradient Approximation Made Simple” は、計算物性物理学および量子化学の双方に計り知れない影響を与えた。John P. Perdew, Kieron Burke, Matthias Ernzerhofによって提案されたこの汎関数、通称PBEは、今日に至るまで固体系の計算におけるデファクトスタンダードとして君臨し続けている。
PBEの登場以前、一般化勾配近似(GGA)の領域では**PW91(Perdew-Wang 91)**が物理的に最も正当な汎関数として知られていた。PW91は交換正孔の総和則や非正値性といった厳密な条件を満たすよう実空間カットオフを用いて構築されていたが、その導出過程は極めて複雑であり、得られた関数形も多数のパラメータと複雑な切り替え関数を含むものであった。
PBEの画期的な点は、PW91が達成した物理的正確さを維持、あるいは部分的に向上させつつ、その数理的表現を劇的に**「単純化(Simplicity)」**したことにある。本稿では、PBE交換汎関数がいかにして実験値へのフィッティング(経験的パラメータ)を一切排し、基礎物理定数と厳密な物理条件のみから導出されたかについて、その理論構成を詳細に紐解いていく。
1. 一般化勾配近似(GGA)の基礎形式
まず、スピン分極した系におけるGGAの交換相関エネルギーは、以下の一般形式で記述される。
ここで、 は全電子密度、 は均一電子ガスの交換相関エネルギー密度である。 は**増倍因子(Enhancement Factor)**と呼ばれ、密度勾配によるエネルギーの変調を記述する無次元量である。
PBEの構築において中心的な役割を果たすのが、以下の無次元化された密度勾配パラメータ である。
ここで はフェルミ波数である。 は局所的なフェルミ波長()に対する密度の変化率の尺度であり、均一電子ガス極限()や急激に変化する密度領域()を区別する指標となる。
本稿では、PBEの**交換汎関数(Exchange Functional)**部分に焦点を当てる。交換エネルギーはスピンについて線形にスケーリングするため(Spin Scaling Relation)、スピン非分極の場合の増倍因子 を決定すれば、スピン分極系への拡張は自動的に定まる。
したがって、議論の焦点はスピン非分極系における交換増倍因子 の関数形の決定に集約される。
2. PBE交換汎関数の導出:4つの物理的要請
Perdewらは、PW91のような複雑な実空間カットオフの導出を経ることなく、以下の4つの物理的条件を直接的に満たす単純な関数形として を設計した。これにより、パラメータの恣意性を排除し、物理的な堅牢さを保証したのである。
2.1 条件1:均一電子ガス極限の回復
密度勾配が存在しない均一な系()において、汎関数は正確な局所密度近似(LDA)に一致しなければならない。これは、増倍因子に対して以下の条件を課す。
これは自明な条件に見えるが、すべてのGGAが満たすべき最低限の基準である。
2.2 条件2:線形応答理論との整合性
密度が均一状態から僅かに変化した領域()における振る舞いは、**線形応答理論(Linear Response Theory)**によって記述される。 均一電子ガスに対する線形応答解析から、交換エネルギーの勾配展開近似(GEA)の第2項は以下の係数を持つことが知られている。
これを増倍因子のテイラー展開 の形と比較すると、係数 は以下の値をとるべきであることが示唆される。
しかし、PBE論文においてPerdewらは、このGEA係数をそのまま採用することは適切ではないと論じている。なぜなら、現実の電子系における相関エネルギーの勾配補正は正の値をとるが、GEAによる相関エネルギーの勾配項は負の値をとり、誤差を拡大させてしまうからである。 彼らは、交換項の勾配補正によって相関項の誤差を相殺するというLDA時代からの経験則(Error Cancellation)を重視し、線形応答の正しい記述を相関項に担わせるのではなく、交換項において実効的に調整する道を選んだ。
具体的には、PW91において数値的に決定されていた での係数を解析し、PBEでは以下の値を採用した。
この値は、原子の交換エネルギーに対する最適値に近いと同時に、後述する相関汎関数との組み合わせにおいて、均一電子ガスの線形応答を(交換・相関あわせて)正確に記述するように選ばれている。PW91ではこの線形応答が正確ではなかったため、PBEにおける明確な改良点の一つである。
2.3 条件3:Lieb-Oxford境界条件
交換エネルギー には、LiebとOxfordによって導かれた厳密な下限が存在する(Lieb-Oxford Bound)。
LDAの交換エネルギーは ()であるため、増倍因子 は任意に大きくなることはできず、以下の条件を満たす必要がある。
PBEでは、この条件をより厳しく解釈し、スピン分極の自由度なども考慮した上で、増倍因子の最大値 を以下の値に設定した。
(これにより が最大値となる)。 この の導入により、PBEは密度勾配が極端に大きい領域(原子核近傍など)においても、エネルギーが物理的な下限を突き抜けることを防いでいる。これはB88(Becke 88)汎関数が で発散し、Lieb-Oxford境界条件を破る点とは対照的である。
2.4 条件4:スケーリング則と滑らかさ
交換エネルギーは座標の均一スケーリング に対して という関係を満たす。PBEの形式はこの条件を満足する。 さらに、PW91に見られたような「数値的な不自然なうねり(Wiggles)」を排除し、全領域で滑らかな関数とすることが要請された。
3. PBE交換汎関数の具体的定式化
以上の物理的要請を、最も単純な数式で表現するために、Perdewらは以下の形式を提案した。
この式の構造的特徴とパラメータの役割は以下の通りである。
3.1 数式の挙動
(低勾配極限): 分母をテイラー展開すると、
となり、条件2で定めた線形応答の係数 を回復する。これにより、ゆっくり変化する密度領域での精度が保証される。
(高勾配極限): 第2項の分母が無限大になるため、分数はゼロに近づく。
これにより、増倍因子は定数 に飽和し、Lieb-Oxford境界条件(条件3)を常に満足する。
3.2 パラメータの決定
この式に含まれるパラメータは と の2つのみである。
- : 経験的なフィッティングではなく、ヘリウム原子のような中性原子の交換エネルギーに対する拘束条件や、均一電子ガスの線形応答理論との整合性から物理的に決定された。
- : Lieb-Oxford境界条件の上限値から決定された。
このように、PBE交換汎関数は「実験値への合わせ込み」を一切行わず、純粋に理論的な制約条件のみから構成されている。これが「第一原理的(Ab initio)汎関数」と呼ばれる所以である。
4. PW91およびB88との比較
PBEの革新性を理解するために、先行する主要なGGAと比較する。
4.1 vs PW91(Perdew-Wang 91)
PW91とPBEは、物理的な設計思想(第一原理主義)においては共通している。実際、計算されるエネルギーの値は多くの場合で非常に近い。しかし、PW91の交換増倍因子は以下のような非常に複雑な形式をしていた。
これに対し、PBEの式 は驚くほど単純である。
- 滑らかさ: PW91は実空間カットオフの数値データをフィッティングしたため、導関数に微細な振動(wiggles)が含まれていたが、PBEは完全に滑らかである。これにより、構造最適化や振動解析における数値的安定性が向上した。
- 透明性: PW91では多数の係数が絡み合って物理的意味が見えにくかったが、PBEでは と の役割が明確に分離されている。
4.2 vs B88(Becke 88)
化学分野で広く使われるB88(B3LYPの交換項)は、実験値(希ガスの交換エネルギー)へのフィッティングによってパラメータを決定している(半経験的アプローチ)。
- 漸近挙動: B88はポテンシャルの遠方での 挙動を再現するように設計されているが、その代償として で増倍因子が発散し、Lieb-Oxford境界条件を破る。
- 設計思想: B88が「実験データの再現」を重視するのに対し、PBEは「普遍的な物理法則の充足」を重視する。そのため、パラメータフィッティングに用いられていない系に対しても、PBEは予見的な能力を持つ(あるいは大外ししない)ことが期待される。
5. PBE相関汎関数との協奏
PBE交換汎関数は、単独で用いられるのではなく、対となるPBE相関汎関数と組み合わせて使用される。PBE論文では、相関エネルギーについても同様に「単純化」の方針が貫かれている。 特に重要なのが、勾配展開の第2項(項)の取り扱いである。PBEでは、相関エネルギーの勾配補正項が でゼロになるように設計されており、これにより交換項の と相まって、均一電子ガスの線形応答極限を正確に再現するよう調整されている。
PW91ではこの相殺が不完全であり、線形応答理論に対して整合していなかった。PBEは、交換項と相関項をセットで設計し直すことで、この理論的不整合を解消している。
結論
PBE交換汎関数は、PW91が到達した「物理的要請に基づくGGA」という頂に対し、**「単純性(Simplicity)」**という新たなルートを開拓したマイルストーンである。 その数式は、極めてシンプルでありながら、均一電子ガス極限、線形応答理論、Lieb-Oxford境界条件、スケーリング則といった重要な物理的制約を全て満たすように巧妙に構築されている。
経験的パラメータを含まないその普遍性と、数値的な扱いやすさから、PBEは固体物理学を中心とする広範な分野において標準的な手法としての地位を確立した。それは、複雑怪奇になりがちな近似理論において、「正しい物理を詰め込めば、形式は美しく単純になる」ということを示した好例と言えるだろう。
参考文献
- J. P. Perdew, K. Burke, and M. Ernzerhof, “Generalized Gradient Approximation Made Simple”, Phys. Rev. Lett. 77, 3865 (1996).
