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【DFT】LDAの系譜:Slater交換とXα法における「係数」の物理的意味

最終更新日:2025-12-29

密度汎関数法(DFT)において、最も基本的かつ歴史的に重要な近似が**局所密度近似(LDA)**です。 LDAは、交換・相関エネルギー EXCE_{XC} を均一電子ガス(Homogeneous Electron Gas)のエネルギー密度で近似する手法ですが、その「交換項」の扱いを巡っては、かつて理論的な議論が存在しました。

本稿では、Slaterが提案した交換ポテンシャルと、Kohn-Sham理論から導かれる交換ポテンシャルの相違、そしてそれらを統合したXα\alpha(Xアルファ)法について、1965年のKohn-Sham論文 の記述を交えて解説します。

1. Slater交換(Slater Exchange)の起源#

1951年、J. C. Slaterは、当時計算コストが高かったHartree-Fock(HF)法の「非局所的な交換ポテンシャル」を簡略化するため、均一電子ガスのモデルに基づいた近似ポテンシャルを提案しました 。

Slaterの平均化アプローチ#

Slaterは、Hartree-Fock方程式における交換演算子を近似するために、**「占有されている全波動関数にわたって交換ポテンシャルを平均化する」**という手法をとりました 。 その結果、導かれたポテンシャル vxSlaterv_{x}^{\text{Slater}} は以下のようになります 。

vxSlater(r)=32π(3π2n(r))1/3v_{x}^{\text{Slater}}(\mathbf{r}) = -\frac{3}{2\pi} (3\pi^2 n(\mathbf{r}))^{1/3}

このポテンシャルは計算が非常に容易であり、原子や固体のバンド計算に広く用いられました。

2. Kohn-Shamによる「3/2倍」の指摘#

1965年、W. KohnとL. J. Shamは、変分原理に基づく厳密な定式化(Kohn-Sham方程式)を行い、その中でSlaterの交換ポテンシャルに対する理論的な再評価を行いました。

彼らは、系の全エネルギー汎関数 E[n]E[n] を密度 nn で変分微分することで得られる「正しい」交換ポテンシャル μx(r)\mu_x(\mathbf{r})(論文中の表記)を導出しました 。

μx(r)=δEx[n]δn(r)=1π(3π2n(r))1/3\mu_x(\mathbf{r}) = \frac{\delta E_x[n]}{\delta n(\mathbf{r})} = -\frac{1}{\pi} (3\pi^2 n(\mathbf{r}))^{1/3}

係数の不一致と物理的理由#

Slaterの式とKohn-Shamの式を見比べると、係数に明確な違いがあることがわかります。

  • Slater: 32π()-\frac{3}{2\pi} (\dots)
  • Kohn-Sham: 1π()-\frac{1}{\pi} (\dots)

KohnとShamは原著論文において、「Slaterの交換ポテンシャルは、2/3倍小さい(smaller by a factor of 2/3)」、逆に言えばSlaterの式はKohn-Shamの式よりも3/2倍(1.5倍)大きいと指摘しました 。

この係数の違いは、導出の物理的仮定の違いに由来します。

  • Slaterの方法: フェルミ球内の全電子に対する交換相互作用の平均値を取った 。
  • Kohn-Shamの方法: 密度を変分して得られるポテンシャル、すなわちフェルミ準位(フェルミ面)にある電子が感じる交換相互作用に対応する 。

電子密度の再配置はフェルミ準位近傍の電子によって行われるため、変分原理に基づくKohn-Shamの係数(Slaterの2/3倍)が、DFTの枠組みでは正当とされます 。

3. Xα\alpha法:パラメータによる一般化#

この「係数は1倍(Slater)がよいのか、2/3倍(Kohn-Sham-Gaspar)がよいのか」という議論に対し、Slaterは後に柔軟なパラメータ α\alpha を導入した**Xα\alpha法(Hartree-Fock-Slater法)**を提案しました。

交換ポテンシャルを以下のように定義します。

vXα(r)=αvxSlater(r)=α32π(3π2n(r))1/3v_{X\alpha}(\mathbf{r}) = \alpha \cdot v_{x}^{\text{Slater}}(\mathbf{r}) = -\alpha \frac{3}{2\pi} (3\pi^2 n(\mathbf{r}))^{1/3}
  • α=1\alpha = 1: オリジナルのSlaterポテンシャルに相当。
  • α=2/30.67\alpha = 2/3 \approx 0.67: Kohn-Sham理論(およびGasparの理論)に相当。
  • α=0.7\alpha = 0.7: 多くの原子・分子計算において、実験値を再現するために経験的に用いられた値(Gaussian等のキーワード XA は通常 α=0.7\alpha=0.7 を指す)。

4. 現代DFTにおける位置づけ#

現在の標準的なDFT計算(Gaussianにおける S キーワードなど)で用いられる「Slater交換(LDA交換)」は、通常、Kohn-Shamの変分原理に基づいた定義(つまり α=2/3\alpha=2/3 相当のエネルギー表式) を採用しています。

したがって、現代のDFTの文脈で「Slater交換汎関数」と呼ぶ場合、それは歴史的な「Slaterポテンシャル(α=1\alpha=1)」ではなく、密度汎関数理論として整合性の取れた「Diracの交換エネルギー(ρ4/3\rho^{4/3})」およびそこから導かれるポテンシャルを指すことが一般的です。

まとめ#

  • Slater交換: HF法の近似として提案され、全電子の平均交換相互作用に基づいていた(係数が変分法より1.5倍大きい) 。
  • Kohn-Shamの指摘: 変分原理に従えば、交換ポテンシャルはSlaterの値の 2/3 になるべきである 。
  • Xα\alpha: 係数を可変パラメータ α\alpha とすることで、両者の議論を統合し、実用的な精度調整を可能にした。

これらの議論は、単純な均一電子ガスモデルから出発しながらも、どのようにして実際の原子・分子系の電子状態を記述するかという、DFT初期の重要な発展過程を示しています。

参考文献#

  • W. Kohn and L. J. Sham, “Self-Consistent Equations Including Exchange and Correlation Effects”, Phys. Rev. 140, A1133 (1965).
【DFT】LDAの系譜:Slater交換とXα法における「係数」の物理的意味
https://ss0832.github.io/posts/20251229_dft_lda_exchange_functional/
Author
ss0832
Published at
2025-12-29