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【DFT】SCAN汎関数の数理と哲学:17の厳密制約が導く半局所近似の到達点

最終更新:2025-12-29

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文をご確認ください。

序論:半局所近似の完成へ向けて#

密度汎関数法(DFT)の歴史は、Kohn-Sham理論の枠組みの中で、いかにして交換相関エネルギー Exc[n]E_{xc}[n] を電子密度 n(r)n(\mathbf{r}) の関数として正確に近似するかという探求の歴史であった。John P. Perdewは、この近似精度の向上を聖書の記述になぞらえて「ヤコブの梯子(Jacob’s Ladder)」と表現した。

  • 第1段(LSDA): 局所スピン密度近似。電子密度のみに依存する。均一電子ガスに対して厳密。
  • 第2段(GGA): 一般化勾配近似。密度の勾配 n\nabla n を取り入れ、不均一性を考慮。PBEなどが代表。
  • 第3段(Meta-GGA): 運動エネルギー密度 τ\tau やラプラシアン 2n\nabla^2 n を取り入れ、局所的な電子状態をより詳細に識別。

2015年、Jianwei Sun、Adrienn Ruzsinszky、John P. Perdewは、Physical Review Letters誌においてSCAN (Strongly Constrained and Appropriately Normed) 汎関数を発表した [1]。この汎関数は、Meta-GGAの階層において、半局所的な情報の利用のみで達成可能な精度の理論的限界に挑んだものであり、事実上、「非経験的Meta-GGAの完成形」と見なされている。

SCANの以前にも、TPSS (2003) や revTPSS (2009) といった優れた非経験的Meta-GGAが存在したが、それらは物理的制約条件の一部を満たせていなかったり、特定の系(例えば固体の格子定数や弱い相互作用)の記述において課題を残していたりした。SCANは、既知の17個の厳密な物理的制約条件をすべて満たすように数学的に設計されており、さらに適切な「ノルム(基準系)」を設定することで、共有結合、金属結合、イオン結合、そして水素結合やファンデルワールス力に至るまで、多様な化学結合を統一的に記述することに成功した。

本稿では、SCAN汎関数の構築原理である「強い拘束(Strong Constraints)」と「適切なノルム(Appropriate Norms)」の哲学、そしてその核心となる数理的構造(等軌道指標 α\alpha の役割)について、歴史的文脈を交えながら詳細に解説する。


1. 歴史的背景:Meta-GGAの進化と課題#

GGA(PBEなど)の成功により、DFTは化学の標準ツールとなったが、GGAには原理的な限界があった。それは、「1電子系における自己相互作用誤差」と「中距離分散力の欠如」である。これらを克服するために、運動エネルギー密度 τ\tau を利用するMeta-GGAが開発された。

τ(r)=12ioccupψi(r)2\tau(\mathbf{r}) = \frac{1}{2} \sum_{i}^{occup} |\nabla \psi_i(\mathbf{r})|^2

1.1 先行するMeta-GGAの系譜#

  • PKZB (1999): 最初の本格的なMeta-GGAの一つ。第4次オーダーの勾配展開を取り入れたが、経験的パラメータを含み、自己相関の除去において数学的な特異点(順序問題)を抱えていた。
  • TPSS (2003): PKZBの欠点を修正し、経験的パラメータを排除した。分子と固体の両方に対して良好な結果を与えたが、制約条件の充足は完全ではなく(特にタイトバインディング極限など)、中距離の分散力の記述も不十分であった。
  • revTPSS (2009): TPSSの改良版。固体の格子定数の精度を向上させたが、基本的な設計思想はTPSSを踏襲していた。

これらの発展の中で、Perdewらは「半局所汎関数が満たすべき厳密な条件」を整理し続けていた。そして、それら全ての条件を同時に満たす関数形を見出すことが、次世代汎関数の目標となった。


2. 数理的構造:等軌道指標 α\alpha による空間識別#

SCAN汎関数の核心は、電子の局所的な環境を識別するための無次元変数 α\alpha の導入とその巧みな利用にある。

2.1 変数 α\alpha の定義#

SCANは、以下の変数 α\alpha を用いて交換相関エネルギー密度を制御する。

α=ττWτunif\alpha = \frac{\tau - \tau_W}{\tau_{unif}}

ここで、各項の定義は以下の通りである。

  • τ\tau: 正確な(Kohn-Sham軌道から計算された)運動エネルギー密度。
  • τW=n2/8n\tau_W = |\nabla n|^2 / 8n: von Weizsäcker運動エネルギー密度(単一軌道系の運動エネルギー密度)。
  • τunif=(3/10)(3π2)2/3n5/3\tau_{unif} = (3/10)(3\pi^2)^{2/3} n^{5/3}: 均一電子ガスの運動エネルギー密度(Thomas-Fermi運動エネルギー密度)。

2.2 α\alpha の物理的意味#

変数 α\alpha は、局所的な電子状態がどのような結合様式にあるかを識別する極めて強力な指標(Iso-orbital Indicator)として機能する。

  1. α=0\alpha = 0 領域(共有結合・単一軌道): ττW\tau \approx \tau_W となる領域。これは、電子が単一の軌道に占有されている場合(水素原子や1電子密度領域)、あるいは共有結合の結合軸上などで見られる。この領域では、パウリの排他律による交換相互作用が支配的であり、相関効果は抑制されるべきである(自己相関フリー)。

  2. α1\alpha \approx 1 領域(金属結合・均一電子ガス): ττW+τunif\tau \approx \tau_W + \tau_{unif} ではなく、通常 ττunif\tau \approx \tau_{unif} となる領域(τW\tau_W は均一ガスではゼロ)。これは、電子密度が空間的に緩やかに変化する金属的な領域に対応する。ここではLSDAに近い記述が適切となる。

  3. α1\alpha \gg 1 領域(弱結合・密度テール): ττW\tau \gg \tau_W となる領域。これは、閉殻原子間のファンデルワールス領域や、電子密度の希薄なテール部分に対応する。ここでは、交換相互作用が急速に減衰し、非局所的な効果が重要となる。

SCANは、この α\alpha の値に応じて、α=0\alpha=0, α=1\alpha=1, α\alpha \to \infty の各極限状態を内挿(Interpolate)することで、全空間におけるエネルギー密度を決定する。これにより、共有結合、金属、弱結合といった全く異なる物理的状況を、単一の汎関数でシームレスに記述することに成功した。


3. SCANの構築原理:「強く拘束された(Strongly Constrained)」#

SCANという名称の由来である「Strongly Constrained」は、この汎関数が可能な限り多くの厳密な物理的制約条件を満たすように設計されていることを意味する。原著論文によれば、Meta-GGAが満たし得る既知の厳密条件は17個あり、SCANはその全てを満足する。

以下に、主要な制約条件とその物理的意義を挙げる。

3.1 交換汎関数に関する制約(6個)#

  1. 負値性: Ex<0E_x < 0
  2. スピン・スケーリング関係: Ex[n,n]=12Ex[2n]+12Ex[2n]E_x[n_\uparrow, n_\downarrow] = \frac{1}{2} E_x[2n_\uparrow] + \frac{1}{2} E_x[2n_\downarrow]
  3. 一様密度スケーリング: Ex[nλ]=λEx[n]E_x[n_\lambda] = \lambda E_x[n]
  4. 第4次オーダー勾配展開: 緩変化極限(α1,s0\alpha \approx 1, s \to 0)において、GEAの第4次項までを再現する。
  5. 不均一スケーリング極限: 2次元的な極限(nλx(x,y,z)=λ2n(λx,λy,z)n_\lambda^x(x, y, z) = \lambda^2 n(\lambda x, \lambda y, z))における挙動。
  6. タイトバインディング極限: 密度が極度に局在化した場合の挙動。

3.2 相関汎関数に関する制約(6個)#

  1. 非正値性: Ec0E_c \le 0
  2. 一様密度スケーリング: 低密度極限と高密度極限におけるスケーリング則。
  3. 有限の不均一スケーリング: 密度が局所的に急変してもエネルギーが発散しないこと。
  4. Lieb-Oxford境界条件: ExcCn4/3E_{xc} \ge -C \int n^{4/3}。 (SCANは交換項と合わせてこの条件を満たすように設計されている)

3.3 1電子系に関する制約(自己相互作用フリー)#

  • 相関エネルギーの消失: 1電子系(α=0\alpha=0)において、相関エネルギーは厳密にゼロでなければならない。
  • 交換エネルギーの相殺: 1電子系において、交換エネルギーはHartreeエネルギーを正確に打ち消さなければならない。

SCANは、α=0\alpha=0 の領域においてこれらの条件を強制的に満たす関数形を採用している。これにより、従来のGGAや一部のMeta-GGAが抱えていた自己相互作用誤差の問題が、物理的要請として(パラメータ調整の結果ではなく)解決されている。


4. ノルムの選択:「適切にノルム化された(Appropriately Normed)」#

「Appropriately Normed」とは、理論的な制約条件だけでは決定しきれない自由度(関数形の中間挙動)を決定するために、どのような物理系を基準(Norm)として選ぶかという問題である。

4.1 希ガス原子の選択#

経験的な汎関数(M06-Lなど)は、分子の結合エネルギーの実験値セットを基準にパラメータを合わせる。しかし、Perdewらは、結合エネルギーは「電子対形成」という複雑なプロセスを含むため、汎関数の基礎的な振る舞いを決定する基準としては複合的すぎると考えた。

SCANでは、**「希ガス原子(He, Ne, Ar, Kr)」「均一電子ガス」**を適切なノルムとして採用した。

  • 希ガス原子は、閉殻構造を持ち、長距離の交換相関相互作用(分散力など)や、原子核近傍の大勾配領域の記述をテストするのに最適な「単純かつ厳密な」系である。
  • 均一電子ガスは、金属結合の極限としての基準である。

SCANは、これらの系に対する正確な微視的記述(エネルギー密度や交換正孔の形状)を再現するように関数形が調整されている。これにより、特定の化学結合(例えば有機分子の共有結合)に過剰適合することなく、イオン結合やファンデルワールス結合を含むあらゆる結合様式に対して普遍的な精度を発揮することが可能となった。

4.2 中距離ファンデルワールス力の記述#

SCANの最も特筆すべき成果の一つは、分散力補正項(-D3など)を追加しなくても、中距離(Intermediate-range)のファンデルワールス引力を適切に記述できる点である。 これは、α1\alpha \gg 1 の領域(原子間の重なり領域)において、交換エネルギーによる斥力を適切に抑制し、相関エネルギーによる引力を効果的に働かせるような補間関数 fxc(α)f_{xc}(\alpha) が、希ガス原子のノルムを通じて自然に導入された結果である。これにより、SCANはグラファイトの層間距離や、氷の水素結合ネットワーク、水クラスターの構造などを、経験的補正なしで高精度に再現する能力を獲得した。


5. 数理的詳細:補間関数の設計#

SCANの交換エネルギー密度 ϵx\epsilon_x は、以下のような一般化された形式を持つ。

ϵx[n]=ϵxunif(n)Fx(s,α)\epsilon_x[n] = \epsilon_x^{unif}(n) F_x(s, \alpha)

増倍因子 Fx(s,α)F_x(s, \alpha) は、α\alpha の値に応じて2つの領域に分けて定義される。

  1. α<1\alpha < 1 の領域(共有結合〜金属): Fx(s,α)=hx1(s,α)F_x(s, \alpha) = h_x^1(s, \alpha)
  2. α1\alpha \ge 1 の領域(金属〜弱結合): Fx(s,α)=hx0(s,α)F_x(s, \alpha) = h_x^0(s, \alpha)

ここで、関数 hxh_x は、α=0,1,\alpha=0, 1, \infty での既知の極限値(単一軌道極限 Fx=1.174F_x=1.174、均一ガス極限 Fx=1F_x=1 など)を滑らかに繋ぐように、多項式補間を用いて設計されている。相関汎関数についても同様に、α\alpha に依存する補間が行われる。 この「スイッチング」機構により、SCANは共有結合の形成(α0\alpha \approx 0)と、金属的な振る舞い(α1\alpha \approx 1)、そして分散力支配領域(α1\alpha \gg 1)を、一つの数式の中で矛盾なく共存させている。


結論#

2015年に発表されたSCAN汎関数は、密度汎関数法の歴史において、半局所近似(Semilocal Approximation)の到達点を示すものである。 Jianwei Sunらは、運動エネルギー密度から導かれる等軌道指標 α\alpha を用いることで、局所的な電子状態を「共有結合」「金属」「弱結合」の3つの領域に分類・識別する数理的枠組みを完成させた。

SCANは、17個に及ぶ厳密な物理的制約条件を全て満たす(Strongly Constrained)とともに、希ガス原子や均一電子ガスという基本的な系を基準(Appropriately Normed)とすることで、経験的なパラメータフィッティングに依存することなく、広範な化学的・物理的性質に対して高い予測精度を実現した。 特に、中距離ファンデルワールス力や水素結合の記述能力、および遷移金属酸化物などの強相関系に近い物質への適用性は、従来のPBEやTPSSを大きく凌駕するものであり、現在の計算物質科学において「最も信頼できる半局所汎関数」の一つとして広く利用されている。

参考文献#

  • J. Sun, A. Ruzsinszky, and J. P. Perdew, “Strongly Constrained and Appropriately Normed Semilocal Density Functional”, Phys. Rev. Lett. 115, 036402 (2015).
【DFT】SCAN汎関数の数理と哲学:17の厳密制約が導く半局所近似の到達点
https://ss0832.github.io/posts/20251229_dft_mgga_xc_functional_scan/
Author
ss0832
Published at
2025-12-29