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【DFT】HSE06汎関数の数理と歴史:遮蔽交換相互作用によるバンドギャップ問題の解決と固体計算の革新

最終更新:2025-12-30

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文をご確認ください。

序論:固体物理におけるハイブリッド汎関数のジレンマ#

密度汎関数法(DFT)において、Hartree-Fock(HF)交換項を一定割合で混合するハイブリッド汎関数(B3LYP, PBE0など)は、分子系の熱化学計算において目覚ましい成功を収めてきた。しかし、これらの汎関数を固体(周期系)、特に金属や狭ギャップ半導体に適用しようとすると、計算コストと精度の両面で深刻な問題に直面する。

  1. 計算コストの増大: 逆空間(k点)サンプリングを行う周期境界条件計算において、長距離に及ぶHF交換積分(fock exchange integral)の計算は極めて高コストであり、系のサイズに対して急激に計算量が増大する。
  2. 物理的な不整合: 金属のようなギャップレス系において、長距離HF交換はフェルミ準位近傍の状態密度に異常(特異点)を生じさせ、バンド幅を過大評価する傾向がある。

一方で、純粋なDFT(LDAやGGA)は計算コストが低いものの、自己相互作用誤差(SIE)の影響で半導体のバンドギャップを著しく過小評価するという致命的な欠点を持つ。

2003年、ライス大学のJochen Heyd、Gustavo E. Scuseria、Matthias Ernzerhofは、このジレンマを解消するために、遮蔽クーロンポテンシャル(Screened Coulomb Potential)の概念をハイブリッド汎関数に導入したHSE(Heyd-Scuseria-Ernzerhof)汎関数(当初はHSE03と呼ばれた)を提案した。彼らのアイデアは、長距離補正(Long-Range Correction)とは真逆の、「長距離HF交換をカットし、短距離のみに制限する」というものであった。 その後、2006年に遮蔽パラメータの微調整が行われ、現在の標準であるHSE06が確立された。

本稿では、原著論文 “Hybrid functionals based on a screened Coulomb potential” [1] および “Influence of the exchange screening parameter on the performance of screened hybrid functionals” [2] に基づき、HSE06の数理的導出、遮蔽パラメータの物理的意味、および固体計算における実利的な成果について詳細に解説する。


1. 数理的背景:遮蔽交換ハイブリッドの定式化#

HSE汎関数の設計思想は、PBE0ハイブリッド汎関数を出発点とし、その交換相互作用に空間的な遮蔽(スクリーニング)を導入することにある。

1.1 クーロン演算子の分割#

まず、電子間クーロン演算子 1/r1/r を、誤差関数(erf)を用いて短距離(Short-Range: SR)成分と長距離(Long-Range: LR)成分に分割する。

1r=erfc(ωr)rSR+erf(ωr)rLR\frac{1}{r} = \underbrace{\frac{\text{erfc}(\omega r)}{r}}_{\text{SR}} + \underbrace{\frac{\text{erf}(\omega r)}{r}}_{\text{LR}}

ここで、ω\omega は遮蔽パラメータ(screening parameter)である。ω0\omega \to 0 で通常のクーロン相互作用(全領域)に、ω\omega \to \infty で相互作用ゼロ(または完全な分離)となる。

1.2 PBE0からの導出#

PBE0汎関数は、全領域において25%のHF交換と75%のPBE交換を混合する。

ExcPBE0=14ExHF+34ExPBE+EcPBEE_{xc}^{PBE0} = \frac{1}{4} E_x^{HF} + \frac{3}{4} E_x^{PBE} + E_c^{PBE}

HSEでは、この混合則を「短距離成分」にのみ適用し、長距離成分については計算コストの高いHF交換を排除して、純粋なPBE交換のみで記述する。 すなわち、HSEの交換相関エネルギー ExcHSEE_{xc}^{HSE} は以下のように構成される。

ExcHSE=aExHF,SR(ω)+(1a)ExPBE,SR(ω)+ExPBE,LR(ω)+EcPBEE_{xc}^{HSE} = a E_x^{HF, SR}(\omega) + (1 - a) E_x^{PBE, SR}(\omega) + E_x^{PBE, LR}(\omega) + E_c^{PBE}
  • 混合係数 aa: PBE0の摂動論的根拠に基づき、a=1/4a = 1/4 (25%) に固定される。
  • 短距離HF交換 ExHF,SRE_x^{HF, SR}: 遮蔽クーロン演算子 erfc(ωr)/r\text{erfc}(\omega r)/r を用いて計算されたHF交換エネルギー。実空間では急速に減衰するため、周期系において計算コストが大幅に削減される。
  • 短距離/長距離PBE交換: PBE交換エネルギー密度を、解析的に分割・統合することは非自明であるが、HSEではPBEの交換正孔モデルに基づいて近似的に分割を行う(詳細は後述)。
  • 相関エネルギー EcPBEE_c^{PBE}: 相関については範囲分離を行わず、全領域で標準のPBE相関を用いる。これは、相関相互作用が元々短距離的性質を持つため、遮蔽の影響が小さいと仮定されるためである。

1.3 PBE交換の範囲分離(ω\omegaPBEの導出)#

数理的に最も複雑な部分は、DFT交換項(PBE)の分割である。

ExPBE,SR(ω)+ExPBE,LR(ω)=ExPBE(if ω=0)E_x^{PBE, SR}(\omega) + E_x^{PBE, LR}(\omega) = E_x^{PBE} \quad (\text{if } \omega=0)

Heydらは、PBEの増大因子 Fx(s)F_x(s) をそのまま用いるのではなく、PBE交換正孔モデルを erfc(ωr)/r\text{erfc}(\omega r)/r および erf(ωr)/r\text{erf}(\omega r)/r と畳み込み積分することで、ω\omega に依存する新しい増大因子を導出した。 実際の実装では、長距離項 ExPBE,LRE_x^{PBE, LR}ExPBEExPBE,SRE_x^{PBE} - E_x^{PBE, SR} として計算することが多い。これにより、全交換エネルギーは以下のようになる。

ExcHSE=aExHF,SR(ω)+(1a)ExPBE,SR(ω)+(ExPBEExPBE,SR(ω))+EcPBEE_{xc}^{HSE} = a E_x^{HF, SR}(\omega) + (1 - a) E_x^{PBE, SR}(\omega) + (E_x^{PBE} - E_x^{PBE, SR}(\omega)) + E_c^{PBE} =aExHF,SR(ω)aExPBE,SR(ω)+ExPBE+EcPBE= a E_x^{HF, SR}(\omega) - a E_x^{PBE, SR}(\omega) + E_x^{PBE} + E_c^{PBE}

この式変形から分かるように、HSEは「標準のPBE汎関数に対し、短距離領域でのみHF交換とPBE交換を25%入れ替える」操作と等価である。


2. 歴史的背景:HSE03からHSE06への変遷#

2.1 HSE03の提案 (2003)#

2003年の原著論文において、Heydらは遮蔽パラメータ ω\omega の値を決定するために、分子の原子化エネルギーなどの熱化学データを用いたベンチマークを行った。その結果、広い範囲の ω\omega において誤差が小さいことが判明したが、彼らは保守的な値として ω=0.15a01\omega = 0.15 \, a_0^{-1} を推奨した。これを採用した汎関数がHSE03である。

2.2 遮蔽パラメータの再考 (2006)#

しかし、その後の研究(Krukau et al., 2006)により、HSE03の ω=0.15\omega=0.15 という値は、固体のバンドギャップや、より広範な化学反応の記述において、必ずしも最適ではないことが示唆された。 PBE0(ω=0\omega=0 の極限)は多くの系で良好な性能を示しており、遮蔽パラメータは「計算コストを下げるためにHFをカットするが、PBE0の物理的性質をなるべく損なわない」範囲で設定されるべきである。 Krukauらの再検証の結果、ω=0.11a01\omega = 0.11 \, a_0^{-1} という値が、PBE0との誤差を最小化しつつ、計算コストの削減効果も十分に得られる「スイートスポット」であることが明らかになった。

この ω=0.11a01\omega = 0.11 \, a_0^{-1} を採用したバージョンがHSE06である。現在、単に「HSE汎関数」と言えば、通常はこのHSE06を指す。 (なお、文献によってはHSE06をHSE03と区別せずに記述することもあるため、ω\omega の値を確認することが重要である)


3. 実利的な成果と検証#

HSE06の最大の功績は、固体のバンドギャップ計算におけるデファクトスタンダードを確立した点にある。

3.1 バンドギャップの予測精度#

半導体や絶縁体のバンドギャップ EgE_g は、光学的性質や電気伝導性を決定する最重要パラメータである。

  • LDA/GGA: バンドギャップを著しく過小評価する(実験値の50%程度になることも多い)。これは、交換ポテンシャルの微分不連続性が欠如しているためである。
  • HF: バンドギャップを過大評価する。
  • PBE0: かなり改善されるが、計算コストが非常に高く、大規模な系には適用困難。
  • HSE06: PBE0と同等の精度(実験値との誤差は通常0.1〜0.5 eV以内)を、GGA並み(あるいは数倍程度)の計算コストで実現する。

特に、Ge(ゲルマニウム)のような狭ギャップ半導体(Eg0.7E_g \approx 0.7 eV)において、LDA/GGAでは金属(Eg=0E_g=0)と誤判定されてしまう問題が、HSE06では正しく半導体として記述される。

3.2 金属系の記述#

全領域ハイブリッド(PBE0など)は、金属においてフェルミ面の特異性による数値積分誤差や、バンド幅の過大評価を引き起こす。HSE06は長距離HF交換をカットしているため、長距離では純粋なGGAとして振る舞う。これにより、金属のバンド分散やフェルミ面の記述においても、GGAと同等の良好な結果を与えつつ、d電子などの局在軌道に対しては短距離HFの効果で自己相互作用を補正できる。

3.3 分子系への適用(熱化学)#

HSE06は固体専用というわけではない。分子の原子化エネルギーや反応障壁の計算においても、PBE0とほぼ同等の精度を示す。これは、化学結合の形成に関わる相互作用の大部分が短距離(数Å以内)に集中しており、ω=0.11\omega=0.11 (1/ω91/\omega \approx 9 Bohr 5\approx 5 Å) という遮蔽距離の内側に収まっているためである。 ただし、長距離電荷移動(CT)励起やRydberg状態の記述に関しては、長距離HFを持たないため、CAM-B3LYPなどの長距離補正汎関数に劣る。


4. プログラム出力:遮蔽クーロンポテンシャルの可視化#

以下に、HSE06における遮蔽パラメータ ω\omega がクーロンポテンシャルをどのように減衰させるかを可視化するPythonスクリプトを示す。これにより、HSE06が「どこまでをHFで、どこからをDFTで」扱っているかを直感的に理解する。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
from scipy.special import erfc

def screened_coulomb(r, omega):
    """
    Short-Range (Screened) Coulomb Potential
    V_SR(r) = erfc(omega * r) / r
    """
    # Avoid division by zero
    r_safe = np.where(r < 1e-9, 1e-9, r)
    return erfc(omega * r_safe) / r_safe

def full_coulomb(r):
    """
    Full Coulomb Potential
    V(r) = 1 / r
    """
    r_safe = np.where(r < 1e-9, 1e-9, r)
    return 1.0 / r_safe

# Parameters
r = np.linspace(0, 15, 500) # Distance in Bohr (approx 0 to 8 Angstrom)
omega_hse03 = 0.15
omega_hse06 = 0.11

# Calculate Potentials
v_full = full_coulomb(r)
v_hse03 = screened_coulomb(r, omega_hse03)
v_hse06 = screened_coulomb(r, omega_hse06)

# Plotting
plt.figure(figsize=(10, 6))

plt.plot(r, v_full, 'k--', linewidth=2, label='Full Coulomb ($1/r$)')
plt.plot(r, v_hse06, 'r-', linewidth=3, label='HSE06 SR ($\omega=0.11$)')
plt.plot(r, v_hse03, 'b:', linewidth=2, label='HSE03 SR ($\omega=0.15$)')

# Annotations for "Screening Distance"
# Usually defined around 1/omega
dist_06 = 1.0 / omega_hse06
plt.axvline(dist_06, color='gray', linestyle='-.', alpha=0.5)
plt.text(dist_06 + 0.5, 0.5, f"$1/\omega \\approx {dist_06:.1f}$ Bohr", color='red')

plt.title('Screened Coulomb Potential in HSE Functionals')
plt.xlabel('Distance $r$ (Bohr)')
plt.ylabel('Potential $V(r)$')
plt.ylim(0, 1.0)
plt.xlim(0, 15)
plt.legend()
plt.grid(True, alpha=0.3)

plt.show()

# 数理的注釈:
# グラフの赤線 (HSE06) は、近距離では 1/r (黒破線) に追随するが、
# 距離が増すにつれて急速に減衰し、10 Bohr (約5 Å) 付近でほぼゼロになる。
# この赤線の範囲内でのみHF交換が計算され、それ以遠はDFT交換で代用される。
# これがHSE06の計算コスト削減とバンドギャップ精度の秘密である。

グラフの解説#

黒破線: 通常のクーロン相互作用。無限遠まで続く。

赤実線 (HSE06): 短距離ではクーロン相互作用と一致するが、約10 Bohr(約5 Å)程度で消失する。これが「遮蔽」された相互作用であり、この範囲内のHF交換のみを計算すればよいため、周期系でのコストが劇的に下がる。

青点線 (HSE03): ω\omega が大きいため、減衰がより速い。これはコスト的には有利だが、HF交換の寄与が過小評価され、PBE0との物理的整合性が若干落ちる要因となった。

結論#

HSE06汎関数は、ハイブリッド汎関数における「長距離HF交換の計算コスト」と「金属系での物理的不整合」という二つの壁を、**遮蔽交換(Screened Exchange)**という概念で見事に打ち破った手法である。Heyd, Scuseria, Ernzerhofによるこのアプローチは、PBE0という確立された物理モデルを、固体物理の実践的な要求に合わせて修正したものであり、そのパラメータ ω=0.11\omega=0.11 は、分子の熱化学精度を損なうことなく、固体のバンドギャップ精度を最大化する絶妙なバランスポイントにある。今日において、HSE06はVASP, Quantum ESPRESSO, Gaussianなどの主要な第一原理計算コードに標準実装されており、太陽電池材料、光触媒、半導体デバイスの設計など、バンド構造の正確な予測が求められるあらゆる分野において、最も信頼できる標準的なツール(Gold Standard)として利用されている。

参考文献#

  • J. Heyd, G. E. Scuseria, and M. Ernzerhof, “Hybrid functionals based on a screened Coulomb potential”, J. Chem. Phys. 118, 8207 (2003).
  • A. V. Krukau, O. A. Vydrov, A. F. Izmaylov, and G. E. Scuseria, “Influence of the exchange screening parameter on the performance of screened hybrid functionals”, J. Chem. Phys. 125, 224106 (2006).
【DFT】HSE06汎関数の数理と歴史:遮蔽交換相互作用によるバンドギャップ問題の解決と固体計算の革新
https://ss0832.github.io/posts/20251230_dft_hybrid_xc_functional_hse06/
Author
ss0832
Published at
2025-12-30