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【計算化学】Pople系基底関数系の数理と体系:Gaussian型軌道の縮約と分極・分散関数の役割

最終更新:2025-12-31

注意: この記事はAIによって自動生成されたものです。正確な情報については、必ず引用元の原著論文をご確認ください。

序論:Slater型軌道からGaussian型軌道への転換#

量子化学計算、特にHartree-Fock (HF) 法やDensity Functional Theory (DFT) において、分子軌道 (Molecular Orbital; MO) ψi\psi_i は、原子軌道 (Atomic Orbital; AO) ϕμ\phi_\mu の線形結合 (LCAO近似) によって表現される。

ψi=μcμiϕμ\psi_i = \sum_{\mu} c_{\mu i} \phi_{\mu}

物理的に正しい原子軌道の動径分布は、原子核近傍でのカスプ(尖り)と遠方での指数関数的減衰を持つSlater型軌道 (STO) によって記述される(eζre^{-\zeta r})。しかし、多中心分子積分においてSTOを使用すると、3中心・4中心積分の解析的な計算が極めて困難となり、計算コストが爆発的に増大する問題があった。

1950年、S. F. Boysはこの問題を解決するためにGaussian型軌道 (GTO) の導入を提案した。GTOは eαr2e^{-\alpha r^2} の形を持ち、Gaussian積定理により、異なる中心を持つ2つのGaussian関数の積が、その線分上の点を中心とする別のGaussian関数で表現できるという数学的特性を持つ。これにより、多中心積分が解析的に容易に計算可能となった。

しかし、単一のGTOは原子核近傍のカスプを表現できず、遠方での減衰も速すぎるため、物理的な記述能力はSTOに劣る。このトレードオフを解消するために開発されたのが、複数の原始GTO (Primitive GTO; PGTO) を線形結合して1つのSTOを近似する短縮Gaussian基底 (Contracted GTO; CGTO) の手法である。

このCGTOの設計思想において、計算効率と精度のバランスを追求し、有機化学を中心とした分子科学計算の標準を築き上げたのが、John A. Popleらによる一連の基底関数系、通称Pople系基底関数である。

1. Pople系基底関数の設計思想と数理#

Pople系基底関数は、原子価殻(Valence Shell)と内殻(Core Shell)を異なる柔軟性で記述するSplit-Valence(原子価分割)基底の概念を導入した。

1.1 短縮スキームと表記法#

一般に、CGTO ϕμCGF\phi_{\mu}^{CGF} は、NN 個の原始GTO gpg_p の固定された線形結合で表される。

ϕμCGF(r)=p=1Ndμpgp(αp,r)\phi_{\mu}^{CGF}(r) = \sum_{p=1}^{N} d_{\mu p} g_p(\alpha_p, r)

ここで、dμpd_{\mu p} は短縮係数、αp\alpha_p は指数である。これらは原子の計算においてエネルギーを最小化するように最適化され、分子計算においては固定定数として扱われる。

Pople系の一般的な表記 NIJGN-IJGNIJKGN-IJKG は以下の構造を持つ。

  • NN: 内殻軌道を記述するために用いられる原始GTOの数。
  • IJIJ (Double Zeta相当): 原子価軌道を2つの基底関数(Inner partとOuter part)に分割して記述する。Inner partは II 個、Outer partは JJ 個の原始GTOの短縮で構成される。
  • IJKIJK (Triple Zeta相当): 原子価軌道を3つに分割し、それぞれ I,J,KI, J, K 個の原始GTOで記述する。

1.2 重原子の定義とsp殻の共有#

Pople系における「重原子 (Heavy Atom)」とは、通常、水素(およびヘリウム)以外の原子、具体的にはLiからF(第2周期)、NaからCl(第3周期)などを指す。

Pople系の最大の特徴かつ計算効率化の鍵は、重原子の原子価殻において、s軌道とp軌道で同じGaussian指数 (α\alpha) を共有するという制約(Shared Exponent Constraint)にある。例えば、炭素原子の2s軌道と2p軌道は、同じ広がりを持つ原始GTOのセットを用いて記述される。 これにより、(ssss)(ss|ss)(sssp)(ss|sp)(sppp)(sp|pp) などの電子反発積分を一括して効率的に計算することが可能となり、当時の計算機資源において画期的な速度向上を実現した。この手法は Hehre, Ditchfield, Pople らによって1970年代初頭に確立された。


2. 主要なPople系基底関数の詳細解説#

2.1 最小基底系 (Minimal Basis Sets)#

  • STO-nG: nn 個のGTOで1つのSTOを近似する。STO-3Gが最も有名であるが、原子価の柔軟性がなく、定性的な議論に留まるため、現代の精密計算では推奨されない。

2.2 ダブルゼータ級 Split-Valence 基底#

原子価電子の分布は化学結合によって大きく変化するため、原子価軌道を2重に記述することで、結合に伴う収縮や膨張を表現する。

3-21G / 6-21G#

初期のSplit-Valence基底。

  • 構造: 内殻を3つ(または6つ)のGTO、原子価殻を2つと1つのGTOで記述する。
  • 特徴: 計算コストが非常に低い。
  • 実用性: 現代では、非常に大きなタンパク質系や、予備的な構造最適化以外ではあまり使用されない。精度は限定的である。

4-31G#

1971年にDitchfieldらによって提案された。

  • 構造: 内殻を4つのGTO、原子価殻を3つ(Inner)と1つ(Outer)のGTOで記述する。
  • 歴史的背景: 最小基底(STO-NG)では記述できない結合の異方性を取り入れるために開発された。
  • 評価: 原子化エネルギーの計算などにおいてSTO-3Gより大幅な改善が見られたが、下記の6-31Gの登場により、現在ではその役割を譲っている。

6-31G#

1972年にHehreらによって提案された、有機化学分野におけるデファクトスタンダードの一つ。

  • 構造: 内殻を6つのGTOで記述(より正確なコアの記述)。原子価殻は4-31Gと同様に3つと1つのGTOで分割。
  • 数理的背景: 炭素原子などの内殻(1s)記述を改善することで、全エネルギーの値をHartree-Fock極限に近づけた。しかし、相対的なエネルギー差(反応熱など)に関しては4-31Gと劇的な差はないとされる。
  • 実用性: コストパフォーマンスに優れ、構造最適化の標準として長年君臨している。

2.3 トリプルゼータ級 Split-Valence 基底#

6-311G#

原子価殻を3つの関数に分割(Inner, Middle, Outer)して記述する。

  • 構造: 原子価殻を3つ、1つ、1つのGTOの短縮で表現する。
  • 目的: 電子相関を取り入れたPost-HF計算(MP2など)において、より柔軟な原子価空間を提供するために設計された。DFT計算においても、6-31Gより高い精度が期待されるが、計算コストは増大する。

3. 拡張機能:分極関数と分散関数#

Split-Valence基底だけでは、原子核から離れた領域や、電場による電子雲の歪み(分極)を十分に記述できない。これを補うために追加の関数が導入される。

3.1 分極関数 (Polarization Functions)#

原子が分子内で結合を形成する際、電子雲は球対称から歪む。これを記述するために、原子価軌道より方位量子数が1つ高い軌道を追加する。

  • 数理的意味: 例えば、s軌道の中心をわずかにずらすと、数学的にはs軌道とp軌道の混成として表現できる。同様にp軌道の歪みにはd軌道が必要となる。
  • 表記法:
    • * または (d): 重原子(Li以降)にd軌道を追加する。
    • ** または (d,p): 重原子にd軌道、水素原子にp軌道を追加する。

おすすめの基底関数(分極関数)#

  • 6-31G* (または6-31G(d)): 有機分子の構造最適化における黄金標準。炭素や酸素などの超原子価状態や歪んだ環構造を持つ系で必須。
  • 6-31G** (または6-31G(d,p)): 水素結合が重要な系や、水素の移動を伴う遷移状態探索において推奨される。プロトンの分極を記述できるため。

3.2 分散関数 (Diffuse Functions)#

原子核から遠く離れた領域(電子密度の尾の部分)を記述するために、指数の非常に小さい(広がった)s軌道およびp軌道を追加する。

  • 数理的意味: 小さな α\alpha を持つ eαr2e^{-\alpha r^2} は、遠方まで減衰せずに広がる。これにより、電子が弱く束縛された状態を記述できる。
  • 表記法:
    • +: 重原子に広がりを持つs, p軌道を追加する。
    • ++: 重原子にs, p軌道、水素原子にs軌道を追加する。

おすすめの基底関数(分散関数)#

  • 6-31+G*: アニオン(陰イオン)系、孤立電子対を持つ系、励起状態の計算に必須。アニオンは電子間反発により電子雲が大きく広がるため、分散関数がないと電子親和力を正しく評価できない。
  • 6-31++G**: 水素化物アニオン(H⁻など)を含む系や、Rydberg状態のような非常に広がった電子分布を持つ系に使用する。

4. 実用的なPople系基底関数一覧と推奨用途#

以下に、実用上頻出するPople系基底関数を計算コスト(軽→重)順に整理し、推奨される適用系を示す。

基底関数名分極(重)分極(H)分散(重)分散(H)ゼータ推奨される用途・系
3-21G----Double非常に大きな生体分子、予備的計算。精度低。
6-21G----Double3-21Gと同様。歴史的意義が強い。
6-31G----Double一般的な中性有機分子の予備計算。
6-31G*d---Double【標準】 中性分子の構造最適化、振動解析。
6-31G**dp--Double【カチオン系標準】 カチオン、水素結合系。
6-31+G*d-s, p-Double【アニオン系標準】 アニオン、励起状態、SN2反応などの求核攻撃。
6-31+G**dps, p-Doubleアニオンかつ水素結合が関与する系。
6-31++G--s, psDouble(あまり使われないらしい。分極がないためバランスが悪い)
6-31++G*d-s, psDouble金属水素化物などのアニオン系。
6-31++G**dps, psDouble非常に広がった電子系、高精度な分子間相互作用。
6-311G----Triple(単体ではあまり使われないらしい。)
6-311G*d---Triple高精度なエネルギー計算(構造最適化後に使用など)。
6-311G**dp--Triple高精度計算。電子相関法(MP2等)と組み合わせる場合。
6-311+G*d-s, p-Tripleアニオン系の高精度エネルギー計算。
6-311+G**dps, p-Triple高精度な熱化学物性値の算出。CBS法の外挿など。
6-311++G**dps, psTriplePople系におけるトップクラスの記述。計算コスト大。

※ 表中の *(d), **(d,p) と同義である。

系に合わせた選択ガイドライン#

  1. カチオン系 (陽イオン)

    • カチオンは電子雲が収縮する傾向にあるため、分散関数の重要性は低い。
    • 構造最適化には 6-31G** で十分な場合が多い。
    • 高精度化には 6-311G** を推奨。
  2. アニオン系 (陰イオン)・励起状態

    • 電子雲が拡散するため、分散関数 (+) が必須である。これがない計算結果は信頼性に欠ける。
    • 最低でも 6-31+G* を使用すること。可能であれば 6-311+G* 以上が望ましい。
  3. 超原子価化合物 (S, P, Cl等を含む)・歪んだ環

    • 原子価拡張や結合角の歪みを記述するため、d軌道による分極が不可欠である。
    • 6-31G* 以上が望ましい。
  4. 水素結合系・プロトン移動

    • 水素原子上の電子密度の偏りが結合エネルギーに大きく寄与する。
    • 水素への分極関数 (p軌道) を含む 6-31G**6-311G** を強く推奨する。

5. 結論と展望#

Pople系基底関数は、Gaussian関数の短縮化と指数共有という数理的な工夫により、計算化学を理論家の手から実験化学者のツールへと普及させる原動力となった。 現在では、さらに体系的な収束性を持つDunningのCorrelation Consistent基底系 (cc-pVXZ) や、DFTに特化したJensenの基底系 (pc-n) なども利用可能であるが、6-31G*などは依然としてコストと精度のバランスに優れた「実用的な標準」として、構造最適化や振動解析において極めて重要な地位を占めている。

研究者は、自身の対象とする系が「アニオン的性質を持つか」「水素結合が重要か」といった化学的直観に基づき、適切な分極関数・分散関数を持つ基底を選択する必要がある。


参考文献#

  1. R. Ditchfield, W. J. Hehre, and J. A. Pople, “Self-Consistent Molecular-Orbital Methods. IX. An Extended Gaussian-Type Basis for Molecular-Orbital Studies of Organic Molecules,” J. Chem. Phys. 54, 724 (1971).
  2. W. J. Hehre, R. Ditchfield, and J. A. Pople, “Self-Consistent Molecular Orbital Methods. XII. Further Extensions of Gaussian-Type Basis Sets for Use in Molecular Orbital Studies of Organic Molecules,” J. Chem. Phys. 56, 2257 (1972).
  3. P. C. Hariharan and J. A. Pople, “The influence of polarization functions on molecular orbital hydrogenation energies,” Theor. Chim. Acta 28, 213 (1973).
  4. T. Clark, J. Chandrasekhar, G. W. Spitznagel, and P. v. R. Schleyer, “Efficient diffuse function-augmented basis sets for anion calculations. III. The 3-21+G set for first-row elements, Li–F,” J. Comput. Chem. 4, 294 (1983).
  5. M. J. Frisch, J. A. Pople, and J. S. Binkley, “Self-consistent molecular orbital methods 25. Supplementary functions for Gaussian basis sets,” J. Chem. Phys. 80, 3265 (1984).

参考になるサイト#

【計算化学】Pople系基底関数系の数理と体系:Gaussian型軌道の縮約と分極・分散関数の役割
https://ss0832.github.io/posts/20251231_compchem_pople_basisset_ov/
Author
ss0832
Published at
2025-12-31